ここ数年間で楽器店の内装はずいぶん様変わりしたように思える。以前は楽器店に入ると有名なミュージシャンやギタリストの写真やポスターが目に入ってきたものだった。スラッシュやらマイケル・シェンカーやらのポスターが、彼らの使用モデルのギターの横に張り付けられていたのをよく覚えている。ところが、ここ最近は彼らの姿を楽器店で目にすることはめっきりと少なくなった。ジョン・レノンやカート・コバーンは今も変わらずよく目にするものの、楽器店においては以前よりも確実に実在するミュージシャンの影は薄くなりつつある。その代わりに急激に目立つようになったのがアニメやボーカロイドのキャラクターたちだ。特にアニメ『けいおん!』のキャラクターたちの台頭は凄まじく、彼女たちの姿を見かけない楽器店はほぼないと言ってもよいほどだ。売り場の目につきやすい場所には、だいたい『けいおん!』のキャラクターのポスターと、彼女たちの使用モデルのギターやベースが置いてある。店内には「けいおんはじめよう! 」というキャッチフレーズの書かれたビラが置かれている。キャラクター・グッズの売り上げも盛況なようだ。
楽器店の主役が3次元から2次元に取って代わられた理由は言うまでもないだろう。今の若い世代に最もアピールするのが、そのようなゲームやアニメ音楽だからだ。僕の世代がゆずやラルク アン シエル、もしくはビートルズなどにあこがれてギターを手にしたように、 今の中学生、高校生は『けいおん!』や、ボーカロイド音楽に触発されてギターを買う。僕たちがゆずの「夏色」をカバーすべくギターの練習をしたように、彼(彼女)らは「ふわふわタイム」をカバーするためにバンドを組む。
このように書くと隔世の感があるというか、状況はずいぶん変化したように思えるかもしれない。しかし、それは表面的なことに過ぎないように僕には思える。僕たちはわくわくしながらギターを手に取った。バンドを組めばなにか楽しいことが起こるかもしれない。あるいは女の子にモテるかもしれない。そんなことを思い、バンドを組んだ。そこのところは、今の世代だってあまり変わらないはずだ。そういう意味では、『けいおん!』はきっかけに過ぎない。
近年は、残念ながらロックやギター・ミュージックの求心力が以前よりも落ちつつある。チャートを見てもロック・バンドの名前を見かけることは少なくなった。そんな状況の中でもう一度バンドやギターに目を向けさせるきっかけとなったのがアニメやゲームなどの2次元文化だったように思う。もちろん良いことばかりではない。アイドルとアニメ、ボカロ音楽に席巻されている現在のチャートの状況が必ずしも健全だとは言えないだろう。それでも、少なくともロック・ミュージックの視点から2次元音楽の功罪を比べれば、功のほうが大きいと僕は思う。
だからこそ僕にはアニメのキャラクターに占拠されている現在の楽器店の状況がそんなに悪いものだとは思えないのだ。