20150512

【レビュー】蓮沼執太フィル 『時が奏でる』

時は奏でるから、今を生きてみない?

蓮沼執太フィル
時が奏でる
AWDR/LR2, 2014年
 「ONEMAN」の始まりはこうだ。"一斉に振り向く光の中、一緒に行こうと言ったのは誰? 熱烈なノックの中、僕はうまれる時を、たずね、たばね"。
 15名の錚々たる顔ぶれを束ねるコンダクターの蓮沼執太とコーラスの木下美紗都の声から奏で始められるイントロに、私の中の時は一瞬静止する。アルバムタイトルを初めて目にした際も同様の現象が起こった。それまでに出会ったことのない"時"の表現だったからだ。この文章を読んでいるあなたは、"時"という言葉に対してどのような印象をお持ちだろうか?筆者の場合、生物がこの世に生を受けてから最期を迎えるその瞬間まで、意思とは関係なくただ流れていくものだと認識していたため、"時が奏でる"って一体どういうことなのだろう?と驚いた。現代では多くの場合、"音楽や楽器を鳴らす"というような意味で使用される"奏でる"という動詞がついているのがただただ不思議だった。しかしこのアルバムに収録されている合計8つの楽曲を聴き納得させてもらったと同時に、新しい"時"に対する見方を与えてくれることになる。
 朝初めて外に出る際耳にすると心地良く1日の始まりにぴったりな曲たちの中でも特に5曲目「YY」の場合、イントロのピアノとベースのメロディラインが明るく心地良く、また四拍子を刻むハイハットのリズムがうれしい。その後少しずつ加わるホーン隊や鍵盤楽器の音色も最高だ。あえて引用はしないでおくが、歌詞の言葉の選び方も素敵なので是非チェックをお願いしたい。シンプルな楽器たちの音色や抑揚がほとんどされない上質な声による音楽が、こんなにも心地良く爽快にさせてくれるなんて。
 各楽器の音色からコーラス、ラップまでもが合わさり届けられたフィルの音楽は、普段電子音楽を好んで聴く私にとって新たな発見だった。ただ流れていく時をこんなにも楽しい気持ちにしてくれる音楽を聴くという行為が最高の歓びであること、またそれがエネルギーとなり意識を変え、どう生きるかについて考えさせてくれるきっかけになると気づかせてくれた。音楽は聴き手の時の流れを変えてくれるパワーを秘めている。せっかくこの世に生まれることができたのだから、少しでも楽しく生きたい。そのために私には刺激をくれる素敵な音楽に出会うことが必要不可欠だ。自分の意識次第で時は奏で始めてくれるかもしれない。生きてみない?と誘ってくれるかもしれない。(Ayumi Ota

*****
 本原稿は今年1月にBCCKSにてリリースしました『YEAR IN MUSIC 2014』( http://bccks.jp/bcck/130107/info )に掲載した年間ベスト・ディスク・レヴューです。『YEAR IN MUSIC 2014』では、このディスク・レヴューの他にも50本以上に及ぶディスク・レヴューの他、シャムキャッツへのインタビューや書評、再発盤レヴューも掲載されております。PCまたはスマートフォンにて閲覧可能ですのでぜひご覧ください。