20150611

【レビュー】矢野顕子 『飛ばしていくよ』

不可思議な音の旅路へ、いらっしゃいませ。

矢野顕子
飛ばしていくよ
ビクター, 2014年
 矢野顕子がラジオに生出演し、生演奏を披露したことがあった。曲目は「いい日旅立ち」。遅ればせながら、これが筆者と矢野顕子との出会いとなった。独創的で、息をのむ…のみ続けてしまうかのような、"ものすごい"展開に、感動しすぎて頭がぼうっとしてしまった。この演奏の音源は残っていないようなのが残念だ。YouTubeの音源であれば、「ちいさい秋みつけた」で彼女のクリエイティヴィティが確認できるだろう。
 矢野顕子の音世界は、普通の音楽家が考えうる世界を一歩超えている。彼女の"ものすごい"部分は、ジャズの理論のなかで誰もが考え付かない突拍子もない一音をひねり出すことだ。(いつメインのフレーズに戻るのだろう)と聴き手が気を揉むなか、彼女は飄々と歌ってみせる。彼女なりの「いい日旅立ち」「ちいさい秋みつけた」の“"解釈"を。その展開は聴き手を不可思議な世界へと誘う。誰もが予測不可能なその世界で、私たちは音に溺れたり浮かび上がったりしながら、向こう岸へたどり着くのだ。
 NYに住み、スタインウェイのグランド(ショート)ピアノと、猫と共に暮らす矢野顕子。郊外には「パンプキン」というスタジオがある。矢野の才能の周りには、これまでも自然と他の才能が集まってきた。新譜『飛ばしていくよ』でも、矢野は自身が"カッコいい"と思ったアーティストと組み、はつらつと楽しんでいる。シンセサイザーやコンピューターナイズされた音が多いのも特徴の一つ。それもそのはず。今回はボカロPのsasakure.UKと組んでもいるのだ。「ごはんとおかず」「Captured Moment」ともに、ボーカロイドの作者が手掛けたとは思えない、メロディのたった楽曲だ。更にはyanokamiで、当時リリースされなかった音源をアレンジして発表した曲も(「YES-YES-YES」)。BOOM BOOM SATELLITESとの共作曲「Never Give Up on You」。ロック色が強いが、ハッとするプログレッシヴな展開が特徴だ。ボーカロイドであれ、ロックであれ、テクノ(砂原良徳との共作)であれ、最終的には矢野顕子色に染められていく。ピアノと対等に渡りあう歌心とともに、音源では音が"自然に"流れるように入ってくることも、矢野の“ものすごさ”を表している。ライヴではアレンジを変えて歌うことが多い矢野。“ぶっとんだ経験”をしに、ライヴに足を運びたい。(板垣 有

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 本原稿は今年1月にBCCKSにてリリースしました『YEAR IN MUSIC 2014』( http://bccks.jp/bcck/130107/info )に掲載した年間ベスト・ディスク・レヴューです。『YEAR IN MUSIC 2014』では、このディスク・レヴューの他にも50本以上に及ぶディスク・レヴューの他、シャムキャッツへのインタビューや書評、再発盤レヴューも掲載されております。PCまたはスマートフォンにて閲覧可能ですのでぜひご覧ください。