20150516

【レビュー】初音階段 『恋よ、さようなら』

ボカロとノイズによる錬金術 原曲への愛ある洋楽カバー集

初音階段
恋よ、さようなら
U-Rythmix Records, 2014年
 非常階段による他アーティストとのコラボの一つ、“初音階段”(=ボーカロイド“初音ミク”+キング・オブ・ノイズ“非常階段”)のスタジオ3作目は初となる洋楽カバー集。鮮烈なデビューを飾った前年に続き、2014年も新作リリースや海外公演など活発な動きを見せた。
 前作『からっぽの世界』は、佐井好子や裸のラリーズらのマニアックなものからアイドル・ソング、アニソンまで多彩な邦楽のカバー集で、ノイズとボカロの意外な邂逅によって相性の高さを示した彼ら。初音ミクでは初となる英語版ライブラリーが2013年9月にリリースされたということで、洋楽カバーの制作は半ば必然で、早くも2014年2月にリリースされたのが本作『恋よ、さようなら』だ。
 今回取り上げられた楽曲は、バート・バカラック、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、パティ・スミス、スラップ・ハッピーらの多彩なジャンルの10曲。なかでも、ケイト・ブッシュの個性的なボーカルにも負けることなくボカロが違和感なく聴けてしまう「嵐が丘」や、バックで鳴り響くギターによるノイズがむしろ美しくさえ聴こえる「風に語りて」は、斬新な解釈と原曲への愛が感じられる秀逸な仕上がりだ。トッド・ラングレンの名曲「瞳の中の愛」、リンダ・ロンシュタットの「愛は惜しみなく」もオリジナルの雰囲気を損なわずに初音ミクの魅力も引き出すボカロのトラックの完成度が高さに驚く。
 アートワークは、曲では取り上げていないエマーソン・レイク&パーマーのアルバム『LOVE BEACH』のレコード・ジャケットへのオマージュ。しかも青春胸キュン・イラストレーターのわたせせいぞう“風”タッチで、という念の入れようだ。
 ボカロPによる各トラックの好プロデュース、出すぎず引きすぎないノイズを絶妙に被せるJOJO広重の天才的名演などが相まって、違和感ないどころか、こんな新解釈による洋楽カバーはかつてないのではないかというくらいの完成度。JOJO広重が主催し非常階段の作品をリリースしてきたレーベルの名が“アルケミー(錬金術)”だが、ボカロ+ノイズで想像以上の価値を提示し、バカラックとヴェルヴェッツとクリムゾンなどあり得ない組み合わせに違和感を覚えさせない洋楽カバー集となった本作は、まさに“錬金術”のなせる業だ。そして、この斬新な錬金術の根底にあるのはJOJO広重の原曲に対する愛であることはもはや言うまでもない。(夏梅 実)

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 本原稿は今年1月にBCCKSにてリリースしました『YEAR IN MUSIC 2014』( http://bccks.jp/bcck/130107/info )に掲載した年間ベスト・ディスク・レヴューです。『YEAR IN MUSIC 2014』では、このディスク・レヴューの他にも50本以上に及ぶディスク・レヴューの他、シャムキャッツへのインタビューや書評、再発盤レヴューも掲載されております。PCまたはスマートフォンにて閲覧可能ですのでぜひご覧ください。